1 交通事故と保険診療
自由診療(日医基準含む)の診療単価は、通常、保険診療の診療単価より割高で、自由診療の方が治療費がかさみますが、交通事故による受傷の場合でも、保険証を提示することによって、健康保険による診療を受けることが可能です(旧厚生省「健康保険及び国民健康保険の自動車損害賠償責任保険等に対する求償事務の取扱いについて」〔昭和43年10月12日保険発第106号〕)。ただし、労災保険が適用となる業務上や通勤中の事故は除きます。また、健康保険を利用する場合、「第三者による行為による傷病届」を速やかに提出する必要があります)。
2 健保負担分についての過失相殺と損益相殺の先後
保険診療を受けた場合、治療費の一部は健康保険組合等が負担しますが、この健保組合等が負担した治療費は、損害賠償実務では、健康保険は社会保障的な性格が強いことを理由に、過失相殺をする前に、損益相殺(被害者が損害を被った原因と同一の原因によって利益を得た場合、その利益を損害賠償額から控除すること)を行い、賠償額から控除しています(控除後相殺説。なお、この点について判断した最高裁判例は本稿執筆時点ではありません)。
3 賠償額への影響
交通事故による傷害の治療は、健康保険を利用しない自由診療が9割近くを占めているのが現状です(伊藤文夫「自動車事故と医療費」新・現代損害賠償法講座5交通事故参照)。
ただ、被害者に過失が出る場合、健康保険を利用する場合と利用しない場合で損害賠償額に差異が生じます(下記の事例参照)。
したがって、過失相殺が問題になる場合には、保険診療への切り替えにより治療に具体的な制限が生じるとか、医療機関の診断書提出拒否等の問題がない限り、保険診療という選択肢が検討されてよいですし、特に、被害者の過失が大きい事案で、入通院が長期にわたり損害総額が自賠責保険の上限額を超える可能性が高い場合等には、積極的に保険診療が活用されるべきでしょう。
(事例の検討)
被害者と加害者の過失割合:40対60
治療費(自己負担分)は相手保険会社が全額支払済とする
なお、被害者に人身傷害保険はないものとする
①自由診療
治療費 150万円
休業損害 100万円
慰謝料 100万円
合計 350万円
過失相殺後 350万円×0.6=210万円
支払済の治療費控除後の賠償額 210万円-150万円=60万円
②保険診療
治療費 100万円 (自己負担30万円、健保負担70万円)
休業損害 100万円
慰謝料 100万円
合計 300万円
治療費(健保負担分)控除後 300万円-70万円=230万円
過失相殺後 230万円×0.6=138万円
支払済の治療費(自己負担分)控除後の賠償額 138万円-30万円=108万円
※ 2012/5/16 一部内容を修正
弁護士 岩井婦妃